2007年07月20日(金) コメント:2 トラックバック:0
古参のネットワーカーには「ハンドルには敬称は不要」という考えの人も少なくはないので、文中のハンドル全てに敬称がない文章が失礼だとも思わない。また、呼び捨てに出来るというのは親しさのバロメーターでもある場合もあるので、特定の親しい人物のみ敬称がない文章も、特になんとも思わない。
ところが、これとは逆に、普段から交流の多い人物に対しては敬称がつけられているのに、その場で意見の対立する論争相手や嫌いな人物に対しては呼び捨てになっている、という場合も少なくはない。こんな時、「あー、この人今物凄く冷静さを失っているんだなぁ」と思ってしまう。
こういう場合、相手の意見の中に自分を擁護あるいは賞賛する意見があっても、それが見えなくなっていて、自分に対する批判的意見(当人から見たら「攻撃的」意見)ばかりに目がいってしまうことが多いようだ。
余談だけど、ネット上で他人から呼び捨てにされることに抵抗感を感じる人は、敬称(またはそれに相当するもの)を含むハンドルを利用してはどうだろうか。「○○ちゃん」「○○たん」というようなハンドルだと、呼び捨てにされているのか、そうでないのかが判別し難く、呼び捨てされる事に対する抵抗感が減少するのではないかと思う。
2007年07月20日(金)
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コメント(2件)
別に呼び捨てにされるのがイヤだから「天ちゃん」にしたわけじゃないんだけどね。(笑)
私の知り合いには、わざわざ敬称付けずに呼んでと言ってくる酔狂な人もいるけどなあ。
まあ、それはもっと親しくなってよというサインなんだろうとは思ったけれど。
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