2006年02月28日(火) コメント:2 トラックバック:1
「読んでいるけど書けない」人は、読み方を見直せば良いと思うにおいて、米光さんの文章術を読んで、ブログの文章力を高めようと思っている人は、今すぐブログ文章術 米光一成を読むのをやめたほうが良いです。参考になるとは思えないですから。
という、暴言としか受け取られないような発言をした事について、もうちょっと詳しく書かせていただきます。
「ブログ文章術」のような、「みんなで考えよう」というスタイルの企画ブログ、僕は大好きです。
特に「ブログに関する意見交換」は、以前からたいへん興味があるのです。
どういうデザインが読みやすいか、どういう話題を取り上げたらよいか、ブログ上の議論の参加の仕方など、いわゆる「メタブログ」的なものは、たった一つの正しい答えが存在しないだけに、興味を持つ各人の意見を聞くのが面白いのでしょう。
そういう点で、僕はよねみつさんの「ブログ文章術」には大きな期待を寄せていました。第一回から読んでいたわけではないのですが、このブログの存在を知ったとき「これはきっと面白い企画になる!」とワクワクしたものです。
しかし、どうやらそれは、僕の期待はずれで終わるような気がします(できれば、このままでは終わらないでくれ、という期待も込めています)。
よねみつさんに対する期待感が薄れたのは、コメントやトラックバックを寄せた読者に対して、あまりに子供じみた氏の回答が多い事からです。はてブ的コメントで言うなら[これはひどい]
「みんなで考えよう」という意気込みは、多分に見られるのだけど、よねみつさんは、自分の書いたことが意図通りに読み取ってもらえないと、まるで子供のようにムキになって「ちゃんと読め」と言い、また、自分の考えと異なる意見が寄せられた時には「そんなものは、おなかいっぱい」と、読者からのリアクションを嘲笑するばかり。
それでいて自分が求めていたコメントが入ると、無邪気に喜んでいる。とてもいい大人の書くブログとは思えないのです。
ekken♂:「読んでいるけど書けない」人は、読み方を見直せば良いと思うコメント欄
「わかった、わかった、その通り、もういいよ」ということが書いてあるのです。若者言葉(笑)だと、「既出」とかいうやつになるのでしょうか?
そして、「ブログ文章術」は、その「おなかいっぱい」の言説は、とりあえず「置いて」おいて、話をするね。という内容です。と1回目から書いているわけですね。
そう書いたテキストに反論のように「読め」と書く。そりゃ、ねーんじゃないの。ちゃんと読んでから反論してね。という展開が今回までの展開でした。
一回目を読んでも、「おなかいっぱい」の言説は、とりあえず「置いて」おいて、話をする
なんていう意図はどこにも感じられません。だいたい、僕に言わせれば「改行を多用する」書き方なんて、もう何年も前に流行ったテキストサイト文章術で、近年「実録鬼嫁日記」で再注目を浴びたものの、手垢のつきまくった手法です。こうした事を踏まえて「じゃあ、ブログでの文章はどう書けばよいのか?」を読者と共に考えよう、というのが、よねみつさんの文章術の目的ではないのですか? 買い被りすぎですか?
はっきり言うと、よねみつさんの文章術には、「俺が書いてある通りにすれば間違いない、おまいらみんなちゃんと言う事をきけ、俺の方法とは違うヤツの事なんか、聞くんじゃねぇぞ」という感じすら見えてくるのです。
ちゃんと読んでから反論してね
も、安易に出すべき言葉じゃないでしょう。ブログというのは、エントリ単位に読まれやすいものです。読む必要のある過去ログであれば、そこへうまく誘導するのがブログ主の務めであって、反論がなされてから「激しく既出」では、己のエントリの出来の悪さを露呈しているに過ぎません。もしよねみつさんが「俺の書いた物は、全部読んでから反論しろ! 読んでいて当然だろう」と言うのなら、それは有名人としての驕りとしか思えません(念のため言っておくと、よねみつさんも、そこまでは言っていません)。
もちろん、読者を煽ってコメント欄やトラックバック欄を盛り上げる、というのが、よねみつさんの「ブログ文章術」の最終解答であるのならば、これまでの流れは間違っていませんし、僕はそういうブログの有り方を否定しません。
だけど「ブログ文章術」は、Excite エキサイト ブックス の特設ブログの扱いで企画されているものでしょう?
よねみつさんが、ご自身のプライベートブログ「こどものもうそうblog」の中で、こうした煽りコミュニケーションを楽しむのなら、全く問題ありませんが、Exciteの看板を背負ってやることか、という疑問があります。
よねみつさんのそうした言動を認めている、Exciteの方にも問題があると思います。
松永英明さんという、ブロガーとして、またライターとして有名な方がいます。
僕は彼のブログが大変面白いと思っているのですが、松永さんが個人として運営されているブログの記事には、時折、かなり意図的に読者を煽り、反感を買うようなものが見られます。
しかし、松永さんが個人で運営しているブログであれば、自分のブログに対する悪評は、自分自身で解決すればよい事です。
が、もし、外部から依頼されて企画ブログを担当する場合、松永的煽りは、禁じ手となるでしょうし、事実、昨年gooブログの企画で催された何でもかんでも総ブログ化計画は、そうした「松永的煽り」もなく、活発な意見交換がなされた好企画でした。
僕は「有名人だから」という理由でよねみつさんの言論を封殺する気はないのですが、少なくともブログ文章術においては、公人的な態度を求められると考えます。
読者が真面目に書いた反応を、小馬鹿にする態度をとっているうちは、「ブログ文章術」は、ただの「反面教師文章術」でしかありません。
今後の展開に期待します。
以上を持ちまして、Flagyx.blog: 文書を書くこと。やりとりを楽しむこと。から頂いた、トラックバックへの返答とさせていただきます。
2006年02月28日(火)
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コメント(2件)
よねみつさんはわかりづらくしか書けないのだと思います。だけどそれに自分では気づいていない。だから誤読されるとムキっーとなる。確かに子供っぽく、煽っている感じも見受けられるのですが、煽ってるとかじゃなく、素なのではないでしょうか。
読者を煽っていたかのように後から言い訳するけれども、実は常に素の反応なんじゃないかと。
ほとんどは「超同意!!」と思いながら読んだのですが、わたしはエキサイトブックスの企画だからとかは関係なく「ちゃんと読んでから反論しろ」ってえばられてもなと。既出とか言われてもなと。そこが、そこだけが腑に落ちなかったので、以前よくわからないTBを送らせて頂いたわけなのですが。
エキサイトの企画だからどうこうとかわたしはないし、態度が悪くてもかまわないと思うけど、そもそもよねみつさんの文章はちゃんと読んだってよくわから
ないじゃん!わからないのはわたしのせいか?ということがひっかかっていましたし、今でも自分の文章がそもそも分りにくいとは夢にも思ってなさそうところに大いなる疑問を感じます。でも夢にも思ってないから「激しく既出」とか簡単に言えるし、また自分の書いてることも既出なんじゃないかという視点がまるでないからああゆうなんというか困った態度なのではないかと思いました。
リンク先と双方、興味深く読みました。
「ブログ文章術」は、
文章が上手くなる術を伝授しない「ブログ文章術」を始める
と1回目で宣言しているので、1回目から書いている、と主張されているのでしょう。
それなのに、たくさん読めばうまくなる、「ブログ文章術」を読んでも文章はうまくならない、とゆう反論(になってないけど)をしている。
うまくなるとか、そういうんじゃないとこから出発しよう、って書いてあるので、出発のところからずれています。
1回目を読めば、「改行を多用する」書き方を薦めているわけじゃなくて、紙と違ってたくさん改行する方法もある(もちろん別の方法もある)から、ふつうの文章術がすすめる何行に1回改行しなさいとかゆうんじゃなくていい、うまく書かなくていいと書いてあります。
それなのに、改行の多様を薦めるなんて手垢のつきまくった手法だと、主張されてないことをでっちあげて反論していて、ここでもずれています。
「うまい文章を書くためには、こうしろ」を主張されている時点で、「うまい文章なんて書かなくていい」という「ブログ文章術」の出発点と、ずれていて、とんちんかんなやりとりになっているなと思いました。
でもそういうやりとりが、おもしろいなと思って読みました。