2006年02月28日(火) コメント:3 トラックバック:1
「読んでいるけど書けない」人は、読み方を見直せば良いと思うにコメントを頂いた、23mmさんのブログに面白い事が書いてあったので、いただきます。
以下、23mm_シホゴンパパのひとりごと:「書けない族」考で挙げられていた「書けない族」の分類です。
- 書きたいことが無くて、書けない人グループ(書きたいことがあるのかどうかすら、分からない人を含む)
- 書きたいことがあるのに、どう書いたらいいのか分からない人グループ(ブログ初心者を含む)
- 書きたいことがあり、実際に書いてはいるが、書きあがったものに対して「書けてない」と思ってしまう人グループ
- 書きたいことを、書きたいように、書けている人グループ
これらの「グループ」について、僕なりに考えた事を書いてみます。
書きたいことが無くて、書けない人グループ
書きたいことが無くて書けない人は、訴えたい事がないのだから、無理して書く必要は無いと思います。
こういう人は、ネタを探すつもりもないって事でしょう?
更新は義務じゃないのだから、書きたいことが出来た時に書けばよいのです。
それでも何か書いておきたい、という場合、とりあえず読者には面白みのない話(そもそもアップする必要性の薄い備忘録とか)を書くのも手ではありますが、僕は駄記事を連発して良質な記事をトップページから流すのは、もったいないと思います。
読者に対するサービス精神がある(≒アクセスアップを望む)のなら、駄記事の連発は危険でしょう。
とりあえず「ブログが流行っているから始めた人」に多いようですが、目的意識がないのに続けるのは、ちょっとキツイんじゃないかなぁ。
ダイエット日記、子育て日記、ギャンブル日記、懸賞日記など、ある程度「ブログでやりたい事」がハッキリしていれば、書きやすいと思いますが、「みんなやっている」「流行っている」という理由では、飽きるのも早いでしょう。
「書きたいことが無くて書けない」、この人たちへの助言は「だったら書かなくて良い」、これしかありません。
書きたいことがあるのに、どう書いたらいいのか分からない人グループ
僕が「他人の書いた物を読めば?」と言っているのは、主にこの人たちに対してですね。まなめさんが「とりあえず書いてみれば?」といっている対象も、同じだと思います。
「どう書いたらよいか分からない」人を、僕は2通りに大別します。
- 作文が出来ない人
- HTMLが分からない人
作文の出来ない人は、向上心が足らないのです。それを養う為に、僕は「本を読め」と言い、まなめさんは「何でもいいから書いてみて」と言いました。よねみつさん(前回「米光」さんと表記したのですが、どうやらハンドルとしては「よねみつ」らしいので、以後名前を出す時は、この表記とします)は、「そんなアドバイスはおなかいっぱい」と言う物の、僕はブログの文章を良くするためには「読むこと・書くこと」以外にはないだろう、とさえ思っています。
面白いものを書きたい、というキモチがあるのなら、読んでくれる人に対して、サービス精神があるって事でしょう?
けれど人が何を面白いと感じるか、なんていうのは人それぞれなのだから、じゃあ最低限「自分が面白い」と思うものを書けば良いのですよ。
HTMLが分からないという人は、何もHTMLタグなんか使う必要はないのです。プレーンテキストだけでも、面白いものは書けます。そもそもHTMLなんか分からなくてもウェブサイトを構築できるのが、ブログの魅力でしょう。HTMLが分からないということを楯にしないで、どんどん面白いものを書けば良い。フォントいじりなどをしたくて、どうしてもHTMLが必要だと思ったら、少しずつ勉強すれば良いだけの話です。
書きあがったものに対して「書けてない」と思ってしまう人グループ
この人たちは、文章に対する理想が高い人たちでしょう。
別に文章が書けていない訳ではないのに、自分がちゃんと書けているか不安になったり、あるいは理想とする文章になっていないことで、文章力がない、と勘違いしている人たちだと思います。
ちょっと自意識過剰なんじゃないの?
ウェブに発表すると、予想外に多くの人が読みに来たりするものですが、彼等は小論文テストの採点をするために訪問しているわけではありません。
他人の書いた物を楽しんだり、情報を得る為にやってくるのです(ヲチ先を探す、というのは、ここでは無視します)。
少しでも良いものを書きたい、と思う気持ちは大事です。が、それを過剰に高ぶらせたあまり、何も発表できないのでは、本末転倒です。
文章を書くことで生計を立てている人は別ですが、趣味でやっているブログに、完璧であることを求める必要なんか、全く無いのです。
書きたいことを、書きたいように、書けている人グループ
このグループをも「書けない族」に含めてしまっている事に、僕は違和感を覚えるのだけど、どうやら23mmさんの別のエントリでの記述に説明されているようです。
23mm_シホゴンパパのひとりごと:蛇足の蛇足(記号化の補足)僕が自分で「これは良く書けたなぁ」と思っていても、それを読んだ人が同じように思うかどうかは分からない。だから、怖い。
でも、僕が「うーん、いまひとつかな」と思っていたとしても、読む人によっては「面白い」と思ってくれるかもしれない。というか、そう思わなければ、自分の文章を公表なんてできない。
とにかく、書く人の気持ちと書かれた文章とは、別のものなんだ。
読者が、書き手の意図通りに読んでくれるとは限らない、というのが、「書きたいように、書けている人グループ」を「書けない族」に入れている理由のようです(違ったらごめん)。
でもね、ここまで考えていたらキリがないですよ。事実を列記したもの以外、何も書けないですよ。
いや、下手をしたら、その「事実」さえ、捻じ曲げられて伝わるかもしれないです。
自分の文章力と、読者の読解力は、必ずしも同等のレベルじゃないです。どちらが高いか低いか、という問題とは別に、言葉に対する解釈の違いもあるかもしれません。
良いじゃないですか、ちょっとくらいの誤解があったって。
間違いや、それを訂正する事が認められていない世界じゃないのですから。
むしろそうした誤解から、面白い議論に発展する事だってあるはずです。とりあえず自分が「良く書けた」と思ったのなら、発表しちゃえば良いのですよ。
それを万人が面白がってくれるわけではありませんが、そういう時は「感性の違い」と割り切ってしまえば良いのだと思います。
まとめ
- 書きたいことが無い人は、書く必要が無い
- 思うように書けない人は、向上心が足りない
- 書いたけど「書けていない」と思う人は、自意識過剰
- 書きたいように書けている人は、我が道を進め!
こんなんでました〜 ©泉アツノ


コメント(3件)
・書きたいことがあり、書きたい書き方もあるけど、本音で書きすぎると気違い認定されてしまいそうな上に時間がなくて全然推敲も出来ないのでやっつけ仕事で書きたいことの1/3も書けずに、読み返してみると矢張り伝えたいことが伝わらない文章になっているのに気付きつつ、でもそんなの書き直す時間があったら別のエントリをしたいなんて考えながらもまた仕事に忙殺されて世の中みんな滅べばいいやという終末論者になろうとしながらも酒で忘れてハッピーになってしまう人のグループ
メンバー、俺。
以上。
>僕は駄記事を連発して良質な記事をトップページから流すのは、もったいないと思います。
これは言いすぎですよね。最初から「駄記事を書こう」と思ってる人なんていないでしょうし(汗)。書き手のためのブログか読者のためのブログかわからなくなってしまうし。だって評価なんて人それぞれだしね〜。駄記事と言い切っちゃうのは・・(滝汗)。
自分の一押し記事はあんまし評価されてなかったですね〜。でも検索サイトからちょくちょく調べてくるので良しとしよう(笑)。はてブで炎上したブログヒッキーの記事が人気あったりして。
もうブログやめたい と思いながらやめられない 皆も色々悩んでるし 明るくなりたいなら前向きな意見を観ると安心します