2007年01月07日(日) コメント:2 トラックバック:1
ブロゴソフィアで居酒屋で美食について講釈たれるオヤジ
に喩えられるのは、‘論客ブロガー’じゃなくて‘粘着コメンテーター’とか‘ネットイナゴ’じゃないですかね?
論客ブロガー=居酒屋で美食について講釈たれるオヤジ - はてな匿名ダイアリーそれと同じように、今の論客ブロガーというのは
多様な価値観が跋扈するインターネットの世界で
ありもしない狭い空間を自分の都合の良いように
定義して、その空間内で相手に対して論争を挑んでいく。
こんなの誰にも求められていないのは明らか。
しかし、そんなことおかまいなしに自分の価値観を押し付ける。
すげー雰囲気悪くなります。
この匿名さんにとっての論客ブロガーが「ヒトサマのブログのコメント欄において議論を強いる人」という定義ならともかく、自分のブログで自分の価値観に基づいて意見を発することには何の問題も感じない。
「いや、それこそがオマエの価値観であって、俺はそういう行為も含めて価値観の押し付けを感じる」というのなら、他人のブログなんて読まないほうが良いと思う。
そこに書かれていることを読んで「価値観の押し付けだ」と感じる人って、かなり被害妄想が強いんじゃないか。
この匿名さんはこんなの誰にも求められていないのは明らか
と、「自分の考え」=「みんなの考え」という主張をしていることからも、多様な価値観を認めらないのが自分自身であることを明かしてしまっているのが実に面白い。
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- カテゴリ:Web
- タグ Communication


コメント(2件)
あなた自身が、「多様な価値観を認めるべき」という価値観でいるなら、「価値観を押し付けることに価値を置く」という価値観もあなたは認めるべきではないしょうか?
矛盾しているように思うのですが、違うでしょうか?
そんな「にわとりタマゴ」論法を語られても。