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Home > スポンサー広告 > ブログの一部を読んで人間性を決め付けられる事について

ブログの一部を読んで人間性を決め付けられる事について

  • 2006-05-09 Tue
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  • No Tag

ekken♂:過去ログを全部読んでから批判して下さいッ!!の関連です。予め読んでおくと流れが分かりやすいかも。

題名は上記エントリへのAkkyさんのはてなブックマークコメントから。

はてなブックマーク - 日々是ブックマーク / 2006年05月08日そうはいっても、一部の記事を読んで人間性を決め付けたりする人いるからなあ。

ekken♂:過去ログを全部読んでから批判して下さいッ!!の冒頭にも書いているように、確かに僕もごく一部のログを読んだだけで人間性を決め付けられるのは、あまり愉快な事だとは思っていません。

しかしブログがパーマリンクによって記事単位で読まれるものである以上、ただ一つのエントリによって「書き手に対するある種の印象」を植え付けられてしまうのは仕方のないことでしょう。しかも一度相手が抱いた自分への印象を変えさせるのは、なかなか困難な事だと思います。

たまたま読まれたそのエントリが、独自性に富んだ強烈な印象を与えるものであるほど、普段書いてある平平凡凡なエントリから感じられる人間性など無視されてしまうものです。仮に読み手が他のいくつかのエントリを読んだ所で、書き手が「これだけを読んで人間性を判断して欲しくない」と思うエントリによって、読み手側の書き手に対する印象が決まってしまう可能性はとても高いのではないかと思うし、それだけそのエントリのインパクトが強かったということでしょう。考えようによっては優れたエントリを書けた、ということでもあります。



ところで僕=えっけん(越後屋健太・ekken)に対する読み手の印象として見たことのあるものの中には、次のようなものがあります。

  1. いつも怒っている
  2. 揉め事好き
  3. 揉め事の種
  4. 初心者に厳しい
  5. 初心者に優しい
  6. 無駄に長文でまとまりがない文章を書く
  7. 読みやすい長文書き

挙げていくとキリがないのですが、ここで挙げたもののうち、4と5、6と7はそれぞれ相反するものです。

読んだエントリによって違いがあるのかもしれないですし、好きか嫌いかによっても抱く印象は変わってくるでしょう。こういう印象を持った人が、僕の書いたエントリの多くを読んだ人なのか、あるいはごく一部のものしか読んでいないのかは判別できませんが、10人いれば10通りの印象があってもおかしくないわけです。仮に「そんなのはアタシの本当の姿ではありません! ちゃんとアタシを見て! 本当のアタシを知って! ひどいわひどいわ!」などと訴えて、多くのエントリを読んでもらった所で、書き手が望む「自分に対する人間性の印象」を読み手が抱くわけでもないでしょう。

文章なんて、書き手の意図した通りの読まれ方をするものでもないですし。

そもそも、実名もしくは実名で近い形でブログを運営し、ブログ上の発言が実生活に大きく影響するのならともかく(タレントとか作家など)、実生活と大きくかけ離れた世界に存在するブロガーの多くにとって、自分が考える自分の人間性と、読み手が抱く人間性が合致しない事に、何の不都合がありましょう?

誤解を解きたければ、自分が相手に抱いて欲しい印象へと誘導するようなエントリを多く書けば良いだけだと思うのですが、そんな事ばかりに気をとられて文章を書いていても、きっともの凄くつまらないと思います。

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Comments: 17

#1091 がう URL 2006-05-09 Tue 18:22

昨日mixiの社長とはてなの社長がゲストで出ている番組を見ました。そこではてなの社長が「社員を採用するときその人がブログを書いていれば見て大いに参考にするようにしている」と言っていました。一枚の履歴書を書くのは1時間なのに比べて1年間ブログを書くにはその時間が必要なのだからその人のことがよりわかるとのことです。

私は基本的にはその通りだと思う人間です。ブログにせよほかの媒体にせよ個人が書きつづった文章にはその人の個性が表出するものだと思います。しかしその個性は自分が考えている自分像とは(実生活でも同様であるように)異なることが多いでしょう。その個性の受け止め方、書き手に対する読み手の印象はあくまで読み手にゆだねられるものです。そしてそれはブログであるならブログ全体でも一エントリでも基本的には同じ。ただ、日々の考えや感情や文章技術の揺れなどの振幅があるのですから、ある一点の文章を読んでその人の全てがわかるというものではないでしょう。しかしそこから生まれる読み手の印象は完全な誤解ではなく、あくまでも書き手の一個性もしくはその時点での印象を決定づけると言う意味で、「正しい」印象であると覚悟した方が良いでしょう。

この点は書き手がそれをわかっていなければどうしようもないことであろうと思います。

それはともかく、今後「IT関係就職用ブログ」が増えそうな予感。いやだなぁ。そういうブログ狩りブログが出来たりして。(笑)

#1092 えっけん URL 2006-05-09 Tue 18:32

残念ながらその番組は見忘れたのですが、ブログで何年書き続けようと、そこに『本当の自分』が出てくるかというと、必ずしもそうでは無いと思います。
オンラインとオフラインを使い分けている人はたくさんいますし、僕もそうですし。
「ネット上で読み取れる人間性を重視する」のが条件ならそれで良いと思うのですが、どんなにログを漁ろうと、そこから見えてくるのは「ネット上の人間性」です。

#1093 がう URL 2006-05-09 Tue 20:04

その番組は「カンブリアなんとか」というもので、たまたま見ました。

>オンラインとオフラインを使い分けている人はたくさんいますし、僕もそうですし。

そう割り切れるのでしたら何の問題もないのでしょうね。実際私も(趣味嗜好が違うのでこちらにTBすることは全くないのですが)ブログを持っていますから、その点は理解しているつもりです。

しかし、「本当の自分」を求めたときから、ネット上の人間性と非ネットでの人間性は関連してくると思います。それが就職活動であろうと何であろうと、「本当の自分を見てほしい」という欲求が生じた場合、「自分の全体を見てほしい、それで自分を誤解なく理解してほしい」という要求が生まれるのかもしれないですし、ネット上でのみそれを求めるのならば「エントリ全体を見渡してからものを言ってね」となるのではないかと考えます。

一方で本当の自分がどうであるとかは関係なく、自分の書いた文章は自分の個性の表出である、という立場でとどまるのが、オンオフの使い分けをする人なのでしょう。そういう人は自分の人間性全体より個々の表出である1エントリを大切にする傾向があるような気がします。

ですから、上記ふたつの立ち位置の違いみたいなものが誤解とか摩擦を生み出してゆく原因の一つかもしれないと考えます。

また、ネット上の人間性もそのひと全体の人間性に関連がある(もしくは実生活と一部重なる)と思いますので、そこから何を読み取れるかということはやはり読み手の判断と能力に依存するものではないかなと思いますね。

#1098 くっぱ URL 2006-05-10 Wed 23:22

黒木ルール推奨という立場と合わせて考えると、えっけんさん特有のいつものテイストが出てしまっていると思うのですけど、

> しかしブログがパーマリンクによって記事単位で読まれるものである以上、ただ一つのエントリによって「書き手に対するある種の印象」を植え付けられてしまうのは仕方のないことでしょう。

記事単位で、その記事に書き手の人間性が現れているとみなしていいなら、コメントも同様であって、コメント者が過去の発言を背負う必要もないのではないでしょうか。

にもかかわらず黒木ルールを推奨するならば、自分は好きなことをいうけれど、それに対する他人からの批判は自分にとって都合のいい形でしか許さないという態度に他ならないような気がします。でもそれって、えっけんさんが過去に散々批判していた無断リンク禁止宣言と似たような態度とはいえないでしょうか。

#1099 くりぼう URL 2006-05-11 Thu 01:39

確かにここで言ってることは間違っちゃいないっすよね。

ここのスタンスは、「不特定多数に読まれたく無ければ、きちんと技術的に勉強して引き篭もってくれ、さもなければ文句言うのが筋違い」的なところがあるからして、文章の意味を読み解くのは読み手の自由って方向性は、意見にぶれが無くてステキだと思います。

つまりは意図した読まれ方しか望まないのなら、最大限の努力でもってそれを実現すべきであって、読み手に努力を期待すべきではないのですよん。

#1102 えっけん URL 2006-05-11 Thu 18:36

くっぱさんって、誤読しているのか、意図的に曲解しているのかさっぱりワカンネ。

たまたま一つの記事だけを読みに来た人は、その記事だけでブログ主の印象を決め付ける可能性が有る、だからそうされたくなければ他の記事も読んでもらえるよう工夫しよう、というのがこの記事の意図ですよ。(他にも、他人からどう思われようが、それはどうせネット上だけの人間性だから気にしても仕方がない、というものも有り)

しかしコメンテーターの過去の発言は、そのブログ主は既読なわけです。
ブログ主に対して過去の発言を無視して欲しいなら、そのことを訂正する必要があるのはコメンテーターのほうであってブログ主のほうじゃない。

#1104 くっぱ URL 2006-05-12 Fri 06:33

えっけんさんこそ、誤読だ曲解だということによって、矛盾点の指摘をのらりと回避しようとしているふうにしか見えないのですが、、

黒木ルールは、そのブログ内でのコメントによる過去の発言内容だけでは人間性評価に足りないから、自らの責任で管理運営しているブログなりサイトなりで発言している内容も提出しろと言っているわけですよね。当然、提出させたからには、提出されたブログなりサイトなりから公正に人間性を評価するという建前上の責任が生じるわけで、その前提がなければ提出させることの正当性を説明できないわけです。

そして、正当性を説明できないにもかかわらず提出を義務化するならば、それは、前回のコメントで書いたように、無断リンク禁止宣言と似たような態度といえるので、黒木ルールを推奨するえっけんさんと、無断リンク禁止を批判するえっけんさんは別人格ということになると思います。

一方、今回のエントリでは、ブログの過去記事全体から人間性を公正に評価するのは難しいことであって、それをして欲しいならば、書き手本人が努力しろといっているわけです。

そして、もしもその努力しろといっている対象に、黒木ルールにしたがって自分のブログやサイトのURLを提出する人も含まれるのだとしたら、黒木ルールを推奨するえっけんさんと、今回のエントリを書いたえっけんさんは別人格ということになると思います。

残る可能性は、黒木ルールにしたがってブログのURLを提出した場合に、たとえ人間性を公正に評価してもらえるような努力をしていなくても、えっけんさんからは公正に評価してもらえるということになると思うのですが、はたして本当に公正に評価してもらえるのでしょうか。

以上の点から、「無断リンク禁止批判」「黒木ルール推奨」と、今回の「自助努力なしにブログの過去記事から公正に人間性を評価してもらえるなんて期待しても無理」説を同一人格の人が主張するのは無理があるのではないかという指摘です。この指摘の中に、誤読や曲解はありましたでしょうか。

#1105 がちゃ URL 2006-05-12 Fri 12:01

他人のブログをネタにして、ネチネチと極端なことばかり書いてるから、自己矛盾が生じるんだで。
そして矛盾を指摘されると、相手の誤読(能力不足)のせいにする。みっともねぇな!

#1106 Akky URL 2006-05-12 Fri 12:39

>黒木ルールは、そのブログ内でのコメントによる過去の発言内容だけでは人間性評価に足りないから、自らの責任で管理運営しているブログなりサイトなりで発言している内容も提出しろと言っているわけですよね。

黒木ルールって相手の人間性を評価するためのルールでしたっけ?

http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/Anonymous.html

↑ここに「その人が自分自身の考え方や趣味・嗜好に関してどれだけの情報を公開しているか否か」という文言がありますけど、これってその人の人間性を評価するという趣旨ではないんじゃないかな。文中に「一貫した人格」という表現も見えますが、これも人間性とは違うものですよね。
そもそもくっぱさんのいっている「人間性」ってなんですか? そしてそれはえっけんさんのいっている「人間性」と同趣旨のものだと思いますか?

#1108 くっぱ URL 2006-05-13 Sat 00:04

「人間性の評価(決め付け)」は、「過去になした表現物にもとづく、個別の発言内容が生じた背景の評価(決め付け)」という意味で使っています。

#1109 えっけん URL 2006-05-13 Sat 00:25

コメントの際に、自分のサイトのURLを提示することが「人間性を理解してもらう為の努力」とは、到底思えないなぁ。
黒木ルールは「人間性を理解してもらうため」のルールとは考えていないし。

仮に、仮にですよ、ヒトサマのサイトのコミュニケーションの場(ブログのコメント欄でも、サイトのBBSでも)にコメントする際に、コメンテーターが個人の趣味で運営しているサイトを(黒木ルールに基づいて)示すとします。
それが街角で見た、シャツに浮かんだ女性の乳首観察サイトだったとして、そのコメンテーターがそれを示すことで「人間性を理解しろ」と言っても、これはちょっと無理があるよねぇ。別にコメンテーターの性的嗜好を聞きたくてURLを示せと言っているわけじゃないし。
そこでなされている議論の本質と、まるで無関係なコメンテーターサイトのURLを出して「人間性を理解しろ」とか言われてもねぇ。

#1110 くっぱ URL 2006-05-13 Sat 07:41

> コメントの際に、自分のサイトのURLを提示することが「人間性を理解してもらう為の努力」とは、到底思えないなぁ。

でえっけんさんが言いたいことの意味がまったくよく解りません。

「黒木ルール推奨」と今回のエントリの内容から

> 自分が相手に抱いて欲しい印象へと誘導するようなエントリを多く書

いていないような人は、誤解されるのが嫌ならコメントを書くなという態度が導かれる。でもそれって、

> 自分は好きなことをいうけれど、それに対する他人からの批判は自分にとって都合のいい形でしか許さない

という態度であるという意味で、えっけんさんが過去に批判していたことのある「無断リンク禁止宣言」をする人の態度と本質的には同じなのではないか?というのが、私が上の2つのコメントに書いた指摘内容です。

#1111 えっけん URL 2006-05-13 Sat 09:46

人間性を理解してもらうためにコメンテーターが示した自サイトのURLから派生するディレクトリの全てを、そのブログ主が読む必要性などどこにもないって事ですよ。

それで「全て読んでから人間性を感じ取れ」なんていう奴がいたら、そいつはあまりに傲慢だ、つーはなしでしょ。

あと「無断リンク禁止宣言」については「過去に批判していた事のある」じゃなくて、今現在も「そんな事を言うやつはとっととパスワード制に移行しろよ、しないのならリンクされること自体に文句を言うな、という考えであることを付け加えておきます。

#1112 がう URL 2006-05-13 Sat 11:24

ある一つのテーマなり議論を語るなら「平均への回帰」という考え方をとり、一つのログよりも関連する複数のログを参照した方がその論を言う人の考え方がぶれずに把握できるので良いと思います。これはあくまでも論理のレベルでの話であろうと思えます。

一方、同じ文章からその人物の人間性を推し量るのは(それが妥当性のある行為かどうかは別問題として)別のレベルであろうと思います。(もちろん、同じテーマについての議論の流れの中で言っていることが二転三転するなら論理のレベルでも人間性の面でもアウトでしょうけど)

ここを混同するとややこしいことになるのではないでしょうか。

論理のレベルでエントリを作りそこにコメントを受けるならば(罵倒を含め)あらゆる批判をひとまず受け入れる用意は必要でしょう。その流れの中で意味のあるものを拾っていけばいい。

それが議論に関連せずおもにそのブログ主の人間性(推測される人格)に関連するものなら、ブログ主にとっては大きなお世話(無意味)かもしれないですね。

#1113 くっぱ URL 2006-05-13 Sat 16:40

ブログの過去エントリを全部きちんと読んで人間性を公正に評価するなんて現実的には無理であって、それを要求するのは無茶な話であるというえっけんさんの主張については、私も同意見です。しかし、だからこそ、黒木ルールは、提出されたブログがコメントした人の人間性を公正に評価するために利用されることを保証できる形にはなっていないのではないでしょうか。そして、それがもし本当だとしたら、

きちんと読んで人間性を公正に判断してもらえる保証のない自ブログを提出してコメントを書くか、コメントを書くのをあきらめるかを迫る「黒木ルール」と、リンクしようとしている内容の価値を公正に評価してもらえる保証のない相手に許可を取ってからリンクをするか、リンクをするのをあきらめるかを迫る「無断リンク禁止宣言」は、本質的に同じではないか?

というのが私がこれまでのコメントで指摘している内容です。

#1114 Akky URL 2006-05-13 Sat 18:44

>黒木ルールは、提出されたブログがコメントした人の人間性を公正に評価するために利用されることを保証できる形にはなっていないのではないでしょうか。

だ・か・ら。
黒木ルールが人間性を評価するためのルールだってどこに書いてあるんですかっていう話な訳で。上でくっぱさんが定義している「人間性」の定義は一般的な「人間性」の定義とは明らかに違いますよね。くっぱさんの定義とえっけんさんの定義は同趣旨だと思いますか?という僕の質問はハナからスルーされてるわけですが、そこを確認しないでだらだら議論しても意味がないですよ。
それと、「黒木ルール」は相手に強制できないということは以前の「黒木ルール」についてのえっけんさんの記事にも書いてあると思うので、「無断リンク禁止宣言」と本質的に同じというのはそのとおりということでよいのではないかと思います。

#1115 くっぱ URL 2006-05-13 Sat 21:57

スルーも何も、Akkyさんが考える、えっけんさんの言う「ブログの一部を読んで人間性を決め付けられる事について」における「人間性の決め付け」の語義を書いてみたらいいのでは?

Akkyさんが「人間性の評価」という言葉を他の人に自分がイメージしている語義と違う使い方をされるのがどうしても嫌なら、私はこの言葉にはこだわりません。黒木ルールが「過去なした表現物にもとづく、個別の発言内容が生じた背景の判断(決め付け)」に利用されるという見解は、えっけんさんのコメント

> 参考:
> Don’t lose your temper - 酷評するヤツに守ってもらいたいルール
> http://d.hatena.ne.jp/ozric/20050514
>
> 趣味嗜好を表明する事で、その人にとっての評価が、どういうところから出てきたものかを知る、という部分が大きいのではないでしょうか。

に現れていると思います。

また、もしAkkyさんが言うように「黒木ルール」と「無断リンク禁止宣言」が本質的に同じ態度にもとづくものであるならば、「無断リンク禁止宣言」を批判するえっけんさんと、「黒木ルール」を推奨するえっけんさんが同一人格であるというのは無理があると思うのですが、それぞれ別人格のえっけんさんが主張していると見るべきなのでしょうか。

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