2009年06月29日(月) コメント:1 トラックバック:0
twitterで実況するのとか昔からあった話なのに、最近それをtsudaるとか変な動詞化してしまってものすごく気持ち悪い。別に新しい動詞ができるのは良いのだけれど、個人名を入れるとtwitterでただ実況するだけなのに、その人の行為を真似ているみたいな感じになって嫌な感じ。しかもそんなはやし立てるものでもないだろうに。
本人が言い出したものでもないので、別に「きもちわるい」とまでは思わないけれど、単に「(twitterで)実況する」と言えば良いだけの事を、わざわざ新しい表現を用いる意味がわからないな、とは思った。まったく新しい事象や、既存の言葉ではうまく言い表せないものについて新語・造語を使うのはわかるのだけど、ネット(twitter)でテレビ番組や講演などの実況を行う事がそんなに目新しいこととも思えず、「tsudaる」に違和感を覚えるという点においては同意。(本人の違和感→Twitter / 津田大介: 言ってることは同意なんだけど、望んでもいないのに勝手 ... )
twitter内にこうしたジャーゴンが広まってしまうと、知らない人がその話題に入りにくくなって、コミュニティが閉鎖的になるかもしれないなぁ。まぁ敢えてジャーゴンを多用して「知らないヤツはあっちいけシッシ!」という空気を作るのも、ひとつの手なんだけど。
ところで。
以前、他人のウェブサイトでしつこく持論を語る人≒「ネット右翼」が政治的には必ずしも右翼思考でないことに気づき、何かもっと的確な言葉がないものかと募集したことがある。いくつか提案してもらったものの中から、語感がよくて状態を上手く表しているなぁということで、「ネットイナゴ」を採用した。
私が考える「ネットイナゴ」の定義は、だいたいこんな感じだった。
- 他人のブログのコメント欄で、自分の主義主張を押し通そうと、何度も同じようなコメントを繰り返す人
- 他人のブログのコメント欄で、過剰に暴力的表現を用いることを好む人
- 単なる「荒らし」とは異なり、意味不明な単語の羅列などは行わない
この「ネットイナゴ」、はじめははてなダイアリー界隈でちょっと話題になった(cf. ネットイナゴ)程度だったのだけど、いつのまにかじわじわと浸透し、いろいろなところで見かけるようになった。
ところが「ネットイナゴ」の定義は、私が当初考えたものとは、ちょっと異なってきている感じがする。
おそらく池田信夫さんが使うようになったころからだと思うのだけど、私が当初重視した「当事者のブログのコメント欄」と「しつこく何度も同じようなコメントをする」の部分は薄れてしまい、主に「ブログ主がコントロールできない場所での大量のネガティブコメント」というふうに変化した気がする。
言葉の意味が移り変わっていくことが珍しくはないので、だからどうした、ということでもないのだけど、「tsudaる」もそのうち違う意味に取られてしまうことが予想されるだろうなぁ、と。
そんなわけで、私が予想する「1年後の‘tsudaる’」
- エゴサーチなどで見つけた、自分への否定的言及に対して「オモエモナー」と返すこと
例えばこんな感じ。
ヤマダ:ekkenってぜんぜん面白くないよな!
ekken:ヤマダのブログのほうがクソつまんねーよ!
ササキ:お、ekkenがtsudaってるぞ!
「twitterで実況する」の意味よりも使い勝手がよさそうだ。
「twitterを使って実況する」という行為に対して、あまりにダサすぎるネーミングが違和感の原因でもあると思うので、むしろあんまりカッコよくない行為に対して使うほうがピッタシだと思う。
- #1042
- カテゴリ:Web
- タグ Communication 言葉


コメント(1件)
いや。私自身は最初に‘tsudaる’を見たときに、冗談抜きで
「エゴサーチなどで見つけた〜」と最初思ったんですが、
そのあたりの経緯しらない人は、
「元の意味と何の関係があるの?」としか思われない気がします。