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ウェブ上の発言の「公」とか「私」とか

straymindさんは「ネット上の発言には‘おおやけ’に向けられたものと‘わたくし’的なものがある。‘わたくし’発言には言及しない」(意訳)と主張していて興味深かったんだけど。

straymindさん個人のスタンスとしてのそれを否定するわけではないものの、この考え方が広くネットユーザーの間に広がる事には賛同しないので。

事前に読みたいstraymindさんのエントリ


ある個人の発言が「おおやけ」なのか「わたくし」なのか

これ、ちょっと判断が難しいんですよね。

その日にあった楽しかったことを綴っただけの、文字通りのウェブ日記だとか、夕飯の献立を写真にとって簡単な説明を書いたブログの場合、straymindさんが言う「わたくし」発言であることは容易に判断できるんだけど。

ところが何か世の中の事象に関する言及を綴ったりすると、これが「おおやけ」なのか「わたくし」なのか、読者が決めるのは難しいと思う。

映画や小説の感想文を、「わたくし」として書いたとしても、それとは別の感想を抱いた人から言及されるケースが考えられる。育児日記のようなごく私的な文章でも、その子育て方針についてヒトコトフタコト物申す人はいるかもしれない。

ブログサービスのトップページにある新着記事などをたどって、興味のある記事を読み、それに対して交流を求めるのはブログユーザーとしては自然な行為だと思う。

感想文を書いたヤマダ君(仮名)が、ただ単にネット上に感想文をアップしただけなのか、同じ感想を抱いた人を求めているのか、自分とはまったく別の感想を抱いた人の意見を聞きたいのかは、容易に判断はできないと思う。

そこで私は「誰にでも読むことができる場に置かれたネット上の文章」は、基本的に全て「おおやけ」の発言として読むことにしている。「いや、そうじゃない。僕はコレを誰にでも読むことのできる場においているけれど、他人の反応が欲しいわけじゃない。勝手に言及しないでくれ」という人もいるのかもしれないけれど、反応が欲しくないのならUSBメモリにでも入れておいて欲しい。

私的なつぶやきで「おたくきんもー★」という自由は誰にでもあるけれど、「きんもー★」と言われたと思い込んだ人が抗議する自由だってあるはずだ。まぁ、お互いサービスの規約や法に反しない程度にエキサイトしてくれ、と思う。


「これは独り言です」という明示

「おおやけ」「わたくし」の判断が難しくない場合。たとえば、記事の書き出しとか、サイドバーの目立つ場所に「これは私的な文章なので、勝手に言及しないでください」といった断り書きがある場合はどうだろう。いわゆるローカルルールとして、「無断リンクや無断引用」を禁じているブログユーザーは少なくない。彼らは言及して欲しくない旨を明確にしているのだから、それは「わたくし」発言として認知し、言及を避けるべきという考えもあるだろう。

しかし私はNOと言う。

こんなふざけたローカルルールがまかり通るのは真っ平だ。

以前、こんなことを言われた事がある。「ekkenはわざわざそんなつまらないブログに対して言及して嫌がらせするなよ」と。

相手のブログに対して、より失礼なのは、私ではなく「つまらないブログ」と切り捨てた人のほうじゃないか、と思うのだけど、どうだろう?

それはともかく、「これは独り言です」を言及回避の切り札に利用されるのは大反対。名指しであろうと、ほのめかしであろうと、他者を批判しておきながら「俺のは独り言だから」という逃げ道を残す必要は感じない。(本当に他愛のない呟きであれば、それは言及されることもない)

言及されるのは、何も反論とか批判だけとは限らず、賛同や賞賛もあったりするのだけど、全ての言及を受け入れたくない・しかし誰かに読んで欲しいのでアクセス制限をかけないというのならば、コメントやトラックバックを受け付けず、リンク元を辿らない事で解決できるはず。なのにわざわざアクセス解析を導入して、言及の有無を確認するのは、私には「俺の気に入らない言及禁止」と言っているようにしか見えない。


おまけ・強者と弱者について

straymindさんはもう一点、「相手が強者か弱者かによって言及するか否かを決める」という主張もなされていたのだけど、私としてはこれもナンセンスと感じてしまう。まず相手を弱者と認定すること自体が失礼な行為だし、自分を弱者と言う立場において他人を攻撃する事に正当性を見出す必要はないと思う。




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Comments: 1

#4062 straymind URL 2009-06-03 Wed 07:56

何が「わたくし」かを決める主体は、あくまで言及者側にあるのかなと考えはじめました。多くの場合、書かれていることの名辞・文節・論旨を吟味すれば、判別が付くと思うからです。その内容が「おおやけ」のものであって、なおかつ「これはわたくし的な物なので言及お断り」というのは、言及側にとって無効な制限であろうと思います。それだけに、そのジャッジをおこなう言及側は、慎重でなくてはならないという重荷を課せられるだろうと思いますが、そういう実績が積まれていけば、一般的な意味での被言及側の態度も変わっていくんじゃないかなと思います。

おまけの部分に関しては、べつに自分より弱いから軽く見ているということじゃなく、批判的言辞を振るえるだけ、相手に対してある種の敬意を抱いているとか、対立はするが思想的に重きを置いているというような感覚ですね。オス犬同士が道で出会って、うなりあうか無視するか、みたいな。(もっと失礼な喩えか)

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