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「えっけん」こと越後屋健太のにっき

「服従するが果たさない」閉鎖に関しての続き

2009年11月06日(金) カテゴリ:Web

「服従するが果たさない」閉鎖に関して にいろいろ言及いただいたので、その続き。

ブックマークコメントでの反応を見ると、「そんなマッチョな思想を他人に求めてどうする」と言う意見が多かったと感じた。他にもいろいろな批判があったが、一番多かったのが、この種の意見だと思う。

ブログ上でも同様の言及があった。

このエントリ(引用者による註:「服従するが果たさない」閉鎖に関して)のid:ekken氏は残念ながら自分の規範を他人に押しつけているように見える.これでは実名絶対主義者なんかがやってる事と変わらないのではないか.blogを始めたり止めたりするのは自分の決断でオケオケよ.「俺は他人に不快感を与える事をなにも恐れない!」と強い意気込みで頑張るのも自由,「うわわーなんか変なメール来たわー」って止めちゃうのも自由.
要するにekkenの言っているのは「テロを恐れて表現は出来ないよ」ということであるが、これは自分に言いきかせることではあっても、他人に強制するものではない。

他にもいくつか似たような意見があったと思うが、こういう考え(脅迫行為に屈して閉鎖するのは当人の自由だろう、他人にマッチョ思想を求めるのはいかがなものか、という主旨と理解)に、私は同意している。同じような脅迫行為が、私自身になされた場合は無視するが(これまでに何度かなされてきた脅迫行為について、そのように対応してきた)、同じような対応を他人にまで求めているつもりはない。

今回の件において、私は「テロを恐れて表現は出来ないよ」というような主張を行ったつもりはまったく無かったので、正直これらのコメントには驚いた。(発端となったブックマークコメントでは、そう読み取られても仕方がないと思うが、前回の記事に対する反応としては意外だった)

私は「マッチョでいたほうがウェブサイトの運営上都合がよい」とは考えているし、自分自身はそうしている。自分とは絶対に分かり合えない思考の持ち主が、少なからず存在するだろうと思うし、そういう人は自分の主張を押し通そうとするあまり、粘着的な荒らしに変貌することが多いことを経験上知っている。こういう人とプロレスごっこをするのも面白いものだし、実際そうしてきたことも多いものの、プロレスごっこには精神的疲労を伴うことが多く、一般的には無視することを推奨してきた。

ところが、今回のmatasaburoさんの件について私が主張したのは「もっとマッチョになろうよ」とか「脅迫行為に屈するな」ということではない。脅迫行為とは無関係な部分でmatasaburoさんを批判したのだ。

「落ち込んでいる人に対して、追い討ちをかけるように批判するのはよくない」というコメントが出てくることは半ば承知していたが、閉鎖が実行されてからでは言及の意味が半減すると判断した。

前回の主張を改めて記しておくが。

  • 笑いとは、その提供者の意図とは無関係に、知らない誰かを不快にさせる要素を持っていることが多い
  • 他者に不快感を与えることを恐れるのならば、安易に「笑い」など提供できない

matasaburoさんは「他者に与えるかもしれない不快感」については承知していたらしく、サイドバーにその旨が記載されていた。しかし私には、その注意書きは「不快感を表明されることに対する回避策」に見えた。「他人に不快な思いをさせたくない」という気持ちは、極めて常識人の発想で、これを責めるのは難しいし、また責める必要性もないのだけど、「他人を笑わせる」という行為には、常に「想定外の誰かを不快にさせる」可能性が付きまとっていることを知っておいて欲しい。

そしてそれを知っていたのなら、「不快に思ったら、ごめんなさい」なんてエクスキューズは不要だ。その謝罪が、不快表明をやり過ごすための、表面上だけの物に見えてしまう。


今回の私の言動について「ekkenのやっていることはいじめっ子と同じだ」というようなコメントがあったようだが。

多くの人がmatasaburoさんの提供する笑いを楽しんできたのは、閉鎖宣言記事に寄せられたブックマークコメントによって証明されているが、「多数が楽しんでいるのだから、ごく少数が不快を感じるのなんて我慢しろ」という人がいたとすれば、それこそいじめっ子の発想だろう。今回のきっかけとなった脅迫行為に及んだ人の場合は、デンパに過ぎて弁護の余地も無いが、matasaburoさんのブログには、スキャンダル行為のあったタレントがネタにされていたこともあり、こうしたネタについては、表明されなかっただけで不快感を抱いた人は少なからず存在すると思う。「存在の確認できない誰か」を持ち出して他者を批判するのは好きではないので明言しておくけど、いくつか読んだことのあるmatasaburoさんの記事の中で、そのネタに関しては私が(不快というのはちょっと微妙な)違和感を覚え、「これをネタにして笑って良いものか」と思ったことは記しておく。

matasaburoさんは「笑い」のセンスが素晴らしかったのだけど、見知らぬ他者に「笑い」を提供するには、ちょっとデリケートに過ぎたのだと思う。その優しさは、笑いのセンスについて共有可能なオフラインでは十分に発揮できると思う。

脅迫者に対してマッチョである必要は感じないが、不特定多数の他人に笑いを提供するのならば、それなりの図太さが必要なんじゃないか。あ、結局別の意味で「マッチョであれ」になっちゃったなぁ。

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B?

池田信夫さんの理想を実現するために

2009年11月04日(水) カテゴリ:Web

池田信夫さんの理想を実現するためには、はてなグループを利用するのが一番簡単なんだよね。

読者が毎日2.5万人にもなると、変なコメントやTBが山のように来ますが、ライブドアに移ってましになりました。おかしい奴はIPアドレスで永久追放できるので、IDを変えて粘着できなくなった。今後は、こういうIDには記事を読めないようにしてほしい。

池田さんが利用しているlivedoorブログの仕組みはよく分からないのだけど、IDを変えて粘着するような人は、規制されたIPアドレスなんて簡単に潜り抜けるのではないか、と思いました。

山のように来る変なコメントやTBというのが、具体的にどんなものなのかは知りませんが、読者の数を自慢するのなら、その読者の中には、自分が望まないような種の人たちも、少なからず存在することを覚えておいたほうがいいのでは?

基本的にウェブサイトは「オレの嫌いなあいつだけ」を指定して見せないことが出来ない(IDで指定してもログアウトしちゃえば読める)ので、池田さんの要望をかなえるのは難しいよね。

「嫌いなIDの持ち主を限定して読ませない」ためには、まずは閲覧者全員がログイン状態であることを条件にしないとムリ。こうした需要を適えるサービスがmixiなどのSNSだったりするのだけど、どうしてそういうサービスに移動しないのですかね?

mixiは閉鎖的に過ぎる、ブログのようにデザインを好きなようにカスタマイズ出来ないのも気に入らない! というのでしたら、はてなグループによるブログ運営はいかがでしょうか。

ikedanobグループ(仮称)を立ち上げ、管理権限を自分のみ、若しくは信頼の出来る人だけに与え、閲覧・書き込みをプライベート「ikedanobグループのメンバーだけが閲覧できます」に設定することで、池田さんの要望をだいたいは適えることが出来ると思います。一度グループメンバーに入れたものの、気に入らない行動を起こす人が出てきたときは、管理者権限で放り出すことも可能なんじゃないかなぁ。


ただし。

はてなの規約上はともかく、アカウントは個人で複数取得するのが簡単なので、粘着行為がばれて規制されたとしても、閲覧専用のIDを取得して閲覧許可を獲得し、そのIDとは紐付けされない形で外部サービスから言及を行うことも可能なわけでして。

ごく少数に向けた閲覧制限ならともかくも、大多数の人に公開された言論に対する外部での批判的言及を制限するのは困難・・・・・・というか現実的にムリなんじゃないですかね?

自分に対する謂れのない罵倒や誹謗中傷を何とかしたい! というのならば話は分かるのですが、そういうことでしたら、まずはご自身の他者に対するそれ(批判的言及を行う人に対して「お子様の意見だ」とか「犬以下の知能の人間」など)を禁ずるべきだと思います。

多くの池田さんのブログエントリは、その記事内容の専門家ということもあって支持を集めていると思うのですが、ときどき見られる批判的言及者に対する逆ギレがアンチの数を増やし、嘲笑の対象になっていると分析。


関連
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B?

憎むべきは行為でしょ?

2009年11月04日(水) カテゴリ:Web

前回の記事(「服従するが果たさない」閉鎖に関して )に関連するのだけど、matasaburoさんの元記事に寄せられたmgkillerさんのコメントが非常に気になったので。

感情を人格基盤としている人はああいうテロリズムには弱いのだろうなあ、仕方ない。/個人的には俺も消えるからお前も消えろ、に対しては徹底的に抗戦する。もし相手がどこかで復活しているのを見つけたら叩き潰す。

これはちょっとどうかなぁ。

kuwashd3000さんのあの行為が許し難いというのは私も同じなんだけど、認めてはいけないのはkuwashd3000さんの行為であって、kuwashd3000さんそのものじゃないと思うんだよね。

ウェブ上で許し難い行為があったときに、その人に謝罪を求めるのは良いとして、その人をウェブ上から追放しようという考えには賛同しかねるなぁ。

表面上だけの謝罪ならば、それはいらないと思うけど、本人が罪を認め、誤ったとしたのならば、彼の復活を咎める理由はどこにも無いよね。

もちろん、謝罪も何も無く、ツラっとして復活したのならば、問題となった行為について責める事を咎めはしませんが。

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B?

「服従するが果たさない」閉鎖に関して

2009年11月04日(水) カテゴリ:Web

はてなダイアリーでおもしろブログを書いていたmatasaburoさんが、自身のブログの閉鎖予告をした。

ブックマークコメントでは概ね「閉鎖を残念に思うコメント」「閉鎖に至る理由についての同情」などで占められているようなんだけど、私はむしろこの閉鎖宣言に不快感を抱いた。

閉鎖予告がなされているエントリへの言及は、後で閉鎖された際に第三者による検証が困難なので、ここで私が把握している流れを簡単に記載。

  • matasaburoさんのコメント欄に英文による脅迫が書かれる
  • matasaburoさんがそれをネタにする
  • 脅迫を書いた人が「それは自分が書いた」と告白するエントリを書く(kuwashd3000さんのブログ・今は消滅)
    • 知人に面白いブログとしてmatasaburoさんのブログを紹介、感想を聞いたら「つまらなかった、不快なブログだ」と回答される
    • kuwashd3000さんが何故かmatasaburoさんに対し逆恨み
  • matasaburoさん、閉鎖予告宣言(これを書き始めた時点ではここまで)
  • matasaburoさん、プライベートモードへ移行

この閉鎖宣言エントリに対し、私が書いたブックマークコメントにいくつかの非難が寄せられているのだが。

私が書いたコメント。

不快感を表明されただけで閉鎖かよ。どうせ何を書いたって、誰一人として不快感を持たないとは限らないのだから、こういう感覚の人にウェブサイトの維持は難しいんじゃないか?

これに対し、不快感を表明するコメント。

ekkenのブコメが酷い 「不快感を表明されただけで閉鎖かよ」 そういう考えが蔓延るからこうやって有益なブログが無くなるんだよ。まじ腹が立ったので書いた→ http://anond.hatelabo.jp/20091104150323

(これを書いている時点で)直接私を名指したのはgoodhome2さんだけのようだけど、他にも「不快感の表明じゃなくて脅迫だろ」というようなコメントがあり、これは私の書いたコメントに対する反応と思われる。

関連エントリを追っていくと、どういうわけなのか「脅迫者を擁護するekkenヒドイっ!」ってことになっているようだ。脅迫者を擁護した覚えなんかこれっぽっちもないんだけど。私は「脅迫行為については触れなかった」だけだよね? (確認)

で、matasaburoさんの元記事をもう一度読み直してみた。

誤解のないように書いておくと、私はkuwashd3000さんの行為には激しい憤りを感じており、あれは紛れもない脅迫行為と認識している。しかもその理由が「自分が面白いと思って他人に紹介したmatasaburoさんのブログが、紹介した人には不快なものだった! いったいどうしてくれるmatasaburo!!」というもので、これはデンパに過ぎる。

繰り返し書いておくが、私はkuwashd3000さんを擁護する気はまったくない。不快感の表明は結構だが、不快を理由に殺人を仄めかして相手のウェブサイトを閉鎖させようとする行為は、決して許されるものではない。しかしmatasaburoさんの閉鎖予告エントリには、その理由として「脅迫されたから」というのは、それほど重要なものとして扱われていない。自分や家族に対する危害を恐怖には感じているかも知れないけれど、エントリに書かれた閉鎖理由の主体は、あくまで「自分の記事が原因で他人を不快にさせてしまった」ことだ。「他人を笑わせることが大好きでブログを続けてきたのだけど、自分のブログで他人を不快にさせてしまったことが耐えられない」という主旨として読んだ。本心は「脅迫行為を恐れた」のかも知れないが、あの記事を読んだ限りでは、ほんの一行程度しか触れていなかったので、それを読み取ることはできなかった。

しかし皮肉なことに、私の活動によって強い怒りが引き起こされ、このような事態に至ったことは本当に情けなく残念な気持ちで一杯です。今回の方以外にもそのような方がいらしたとしたら、それについてはお詫びしたいと思っております。

この引用文から、matasaburoさんは他人を不快にさせてしまうことを恐れているように受け取ったが、私は「自分の書いたものが、誰一人として不快に感じないなんてことはありえない」と思っている。

だいたい「笑い」なんてそんなものだ。最近のお笑い番組を見ていても、誰かが失敗しているのを見て笑う・他人がマヌケな事をしているのを見て笑う・他人が誰かにバカにされたり怒られているのを見て笑うなど、多くの笑いには犠牲者が存在するではないか。テレビのお笑いは、その犠牲者も了解の上でなされている演技なのかもしれないが、そうしたお笑いを見て不快感を覚える視聴者だっているだろう。

はてなブックマークで、常に駄洒落を書いている人がいる。彼のコメントは、多くの場合誰も傷つけていないと思うし、彼にはそんな意図はないだろうが、時折まじめな元記事に対してなされている無関係な駄洒落を見て不快に感じることが、私にはある。

私には、他人の「不快感を覚える閾値」というものがまったく分からないが、恐らく、どんなことを書いても何かしらの不快感を覚える人は一定数存在するのではないか、と思っている。

ワケのわからないデンパな不快感を表明する人も、長くサイト運営を続けていれば出てくるかもしれないし、実際、今回matasaburoさんのブログには、そういう人が現れた。

それはmatasaburoさんには不幸なことだったのかもしれないが、彼はこれまで自分の書いてきたものが、kuwashd3000さん以外の誰も不快にはしてこなかったと思っているのだろうか。

恐らくそんなことは無いだろう。matasaburoさんのエントリはウィットに富んだ面白いものだったが、世の誰もが不快を感じないものではなかったはずだ。

もしmatasaburoさんが「自分の書いたもので不快になる人などいるわけが無い」と思っていたのだとしたら、それこそ無神経に過ぎる、と私は思う。


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B?

ジャニーズはAmazonでもタレント写真を使わせない?

2009年11月03日(火) カテゴリ:未分類

Amazonのミュージックを見ていて、ちょっとした疑問が。

ご覧の通り、ジャニーズ関連のCDだとジャケット写真が表示されず、しかしAmazonではおなじみの「画像はありません」でもない、そのCDのためのオリジナル画像が表示される。

これはここ数年の間に発売されたものに適用されているようで、古いCDだと他のCDのようにジャケット写真が表示されるみたいだ。

タレントの写真を使用していないジャケットは普通に使えるようだ。

このCD、通常版にはTOKIOの写真が使われていないけど、初回限定盤のジャケットはTOKIO本人の写真のようで、限定版の場合はジャケット写真が表示されない。

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